証券アナリストジャーナル3月号やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは「マルチファクターモデルとバリュエーション」の特集です。

証券アナリストジャーナルの構成として、1本目の論文がその月の特集の概要を説明してくれていたり、俯瞰してくれたりするケースが多いのですが、今月は2本目の論文がその役目をはたしていましたので、2本目の論文から見ていきたいと思います。

 

2本目の論文は、「マルチファクターモデルと株式のリターン(日下部義明氏、高橋盛一郎氏)」です。

ファクターとは、株式などの価格がどういった要因で動いているかを分析する中で出てくる概念で、「今日のマーケットはかなりの部分が為替のファクターで動いていると説明できる」といった使われ方をします。

様々なファクターがあって、モメンタム・リバーサルファクターですとか、大型株・小型株ファクターですとか、グロース・バリューファクターですとか、高ボラティリティ・低ボラティリティファクターなど、代表的にはそのようなファクターがあり、実際にトレーダーは使っています。

 

本論文では、最初にファクターの歴史についての説明が出てきます。長年トレーダーをやっていましたが、歴史に踏み込んだことは無かったので、新鮮に学ぶことが出来ました。最初に、「ファクターの概念は1930年代のGraham and Dodd[1934]のバリュー投資のころから存在していた」とあります。このGrahamというのは、バリュー投資の父と呼ばれる、ベンジャミン・グレアムであります。

ベンジャミン・グレアムの「賢明なる投資家」は、トレーダーになりたての若者が読むべきマスターピースであり、マストアイテムということで、色々な人に読んでもらった経験があります。私は一冊のバージョンで読みましたが、注釈付きで読み進めたい方は上下巻でも良いかなと思います。下記にリンクを載せました。読んでみてはいかがでしょうか!?

 

その次には、ファクターモデルを語る際に絶対に外せない「CAPM(Capital Asset Pricing Model)」が出てきます。ノーベル賞を受賞されたウィリアム・シャープ教授らによって提唱されたこのCAPMですが、今も様々な分析に使われています。

そして、ファーマ・フレンチの3ファクターモデルが紹介され、マルチファクターモデル時代の話が進んでいきます。市場ポートフォリオ、時価総額、簿価時価比率という3つのファクターを使って、小型株効果が市場にあることや、バリュー株効果が市場にあることを、このモデルで説明したというものです。

3ファクターモデル登場以降、4ファクターモデルや、さらに沢山のファクターを使ったモデルも出てくることとなり、金融工学が大きく発展した時期で、最先端の金融工学を手に入れることによって事業を大きく前進させることが出来る時代だったと思います。そんな中で、ロケットサイエンティストといった金融工学の素養のある畑違いの方が転職してきてトレーディングの戦略を作っていた会社もあったと記憶しています。

 

他にも、「マクロファクターとスタイルファクターの年ごとのリターンの振る舞い」など、興味深いデータや説明が満載で、楽しく読むことが出来ました!

 

1本目の論文は、「マルチファクターモデルの実証的比較(竹原均氏)」です。

この論文は、「マルチファクターモデルは使えるのか?」という問いかけに答えてくれる論文です。色々と勉強して自分なりのマルチファクターモデルを作ったり、人様の作ったマルチファクターモデルを使ったりする中で、上手く行ったり行かなかったりなのですが、実証的に比較をするということはなかなかしないものです。それをしている論文です。

結論的には、「マルチファクターモデルを日本市場で使用することは危険」となっています。

内容は数学的な分析がメインなのですが、後半に「ファクター構造の時間変化」と題して、時系列で有力なファクターが変わってくるようなことが言及されています。

長年マーケットと対峙してきましたが、ファクターを重視する投資家の嗜好が変化することをしばしば感じていました。例えば、少し昔の話になりますが、ANAとJALというのはロングショートのペアトレードで定番でしたが、ANAがアウトパフォームする時期が長く続いて、その後、JALが強烈に盛り返したりといった動きは、ファクター投資家の行動を感じさせるものでした。

 

ちなみに、竹原均氏は証券アナリストジャーナル2018年12月号にも登場されています。3本目の論文、「ビッグデータと会計研究」というタイトルです。

証券アナリストジャーナル2018年12月号(ビッグデータと金融の未来 – 特集)を読んで

 

 

3本目の論文は、「企業価値評価実務における各種リスクプレミアムの利用状況について(明石正道氏)」です。

こちらは、M&Aなどでの企業価値評価の実務におけるものです。

実務上、CAPMというシングルファクターモデルが使い続けられている中で、「小型株プレミアム」という、「対象企業は小型株なので、企業価値評価を行う際に割安に評価します」というものがあることが提示され、その使い方は正しいのですか?ということを問うています。

「小型株プレミアム」について簡単に言ってしまいますとこういうものです。例えば、「小型株プレミアム」が無い場合の株主資本コストを5%とすると、毎年1株あたり100円のキャッシュフローが創出される企業は1株2000円で評価されるとします。そして「小型株プレミアム」があるとして、株主資本コストは8%となるとしますと、同じように、毎年1株当たり100円のキャッシュフローが創出される企業の評価は1株1250円になるといったものです。

この「小型株プレミアム」を使う要因としては、小型株のベータ(市場感応度)が実勢よりも小さく測定されやすく、結果、株主資本コスト低くなりやすいということがあります。しかしながら、どう測定されていようが何でもかんでも「小型株」には「小型株プレミアム」を入れてしまう傾向があるようなのです。私も同意するところですが、M&Aは買い手市場で、買い手の立場で企業価値評価を低く抑えたいという動機があり、「小型株」であれば、何はともあれ「小型株プレミアム」を入れて、企業価値評価を行いたいのかもしれません。

 

実際の取引価格というのは、「買いたい人」と「(高ければ)手放しても良いと思っている人」の綱引きによって決まるわけで、その関係は、買いの圧力が弱くなれば、すなわち、売りの圧力が強くなれば、「売りたい人」と「(安ければ)手に入れても良い人」という関係にもなるわけです。

企業価値評価というのは、そういった取引を行う際の物差しとして提供されるものですが、第三者の視点でぶれずに評価することが大切になってきます。そんなことを改めて感じさせてくれる論文でした。

 

4本目の論文は、「マルチファクターモデルの進展とプレディクテッド・ベータ(西村直哉氏、長澤和哉氏)」です。

論文名にある、「プレディクテッド・ベータ」という文字を見て、まずは興味を持ちました。これは、普通に計測して得られるベータではなく、予言、予測されるベータという意味なのでしょう。マルチファクターモデルという色々ファクターを追加してどういった要因で動いているかを分析するという考え方とともに、CAPMで使われるベータをうまい具合に調整したら良いのでは?という考えを想起させました。

 

3本目の論文のところに、「小型株のベータ(市場感応度)が実勢よりも小さく測定されやすい」などと書きましたが、トレーダーは分析する時間が取れないときは「肌感覚で〇〇の株のベータは計算上0.3と出ているけども、小型株でちゃんとベータが出てないから0.6くらいで考えておいたほうが良いよね」と言ってたりします。こういったベータの調整が小型株ファクター以外にも色々とあるはずで、それをしっかりと分析して、瞬時に何らかの修正ベータとして出してくれたら嬉しい話なわけです。そういった議論がこの論文で進められていきます。

 

余談ですが、この論文を書かれたMSCI合同会社が持っていて、本論文に色々と言及されている、「BARRA(バーラ)」という有名な株式モデルですが、その「BARRA」という言葉の由来は、研究者であり創立者である、Barr Rosenberg氏のお名前からであるということが、書いてありました。トリビア!

 

 

最後に!

今月の証券アナリストジャーナルは「マルチファクターモデルとバリュエーション」という特集でした。価値をどう評価するか、判断するかということは、企業の価値以外にも全てのモノやサービスに応用が効くところだと思います。細かい計算はともかく、色々な切り口でモノやサービスの価値を考えるために、マルチファクターモデルの考え方を学ぶことは良い訓練になるのではないかなと思いました。

最後まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

 

[amazonjs asin=”4939103293″ locale=”JP” title=”賢明なる投資家 - 割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法”]

[amazonjs asin=”4775970496″ locale=”JP” title=”新賢明なる投資家 上~割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法~《改訂版――現代に合わせた注解付き》 (ウィザードブックシリーズ)”]

[amazonjs asin=”477597050X” locale=”JP” title=”新賢明なる投資家 下~割安株の見つけ方とバリュー投資を成功させる方法 《改訂版――現代に合わせた注解付き》 (ウィザードブックシリーズ)”]