やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは『中国の金融資本市場』という特集です。
「中国経済は不動産市場の低迷により、減速が鮮明化している・・・」
漠然とした内容ですが、感覚的に理解できているのではないでしょうか?一方で、
「不動産市場の低迷がどの程度、どのくらいの期間、中国経済に影響を及ぼすのか?」
というような、具体的な質問になると「うーむ」となってしまうのではないでしょうか?
今回の4本の論文を通じて、上記のような少し具体的な質問に答えられるようになるでしょうか?
今月も楽しく読み進めてまいります!
1本目の論文は『中国の不動産市場の動向と銀行の対応(露口洋介氏)』です。
中国の不動産市場について、時間軸をもって俯瞰できるようになる、良質の論文でした。
まず、2021年1月から実施された「三つのレッドライン」が中国の不動産市場の低迷の要因になったとあります。
①資産負債比率が70%を超えないこと(負債÷総資産×100)
②負債比率が100%を超えないこと(負債÷自己資本×100)
③現金・短期負債比率が100%を超えないこと(現金>短期負債)
恒大集団は2020年の段階で「三つのレッドライン」すべてを満たしていなかったことで、新たな融資を受けることが困難になったとあります。
言ってしまえば、恒大集団という巨大企業がどうにかなってしまっても良いと考えて「三つのレッドライン」が実施されたわけで、
「こんな状況に突如置かれてしまった中国の銀行は大丈夫なのか?」となりますが、これは大丈夫だとあります。
不動産関連の債務は、個人が7割を負っているからです。
中国の不動産取引の慣習で、建物の完成前から前金を受け取ることが影響していて、日本の不動産バブルの時の銀行やノンバンクの融資でのバブル形成とは仕組みが違うようです。
となると、「個人の住宅ローンの焦げ付きから銀行に影響が及ぶのではないか?」となりますが、こちらも大丈夫だとあります。
不良債権比率は長期にわたって0.5%以下なんだそうです。引き渡しの終わっていない住宅ローンの返済を拒否する動きもあるが、影響は軽微と・・・。
とはいえ、「かなりの期間にわたって不動産産業が低迷するわけで、銀行にダメージが蓄積していくでしょ?」となりますが、中国人民銀行の政策対応によって、こちらも大丈夫であるようです。
中国人民銀行の政策とは、「預金・貸出金利の調整=利ザヤの確保」です。預貸利ザヤを1.7-2.2%確保しているので、年間3兆元といった不良債権処理額を計上しながら、しっかりとした純利益を出せるようになっています。
「おわりに」の章に、『人民銀行が預金金利を低利にコントロールしているということは、銀行に生じる損失を幅広く預金者に負担させていることを意味する。』とあり、正にそうだなというところです。経済の安定のために国策としてやっているのでしょう。
加えて、個人が住宅ローンをしっかり返済しているところが経済の安定に大きく寄与していることを感じました。
中国の不動産市場の動向、それに対する銀行への影響についての理解を大きく深めさせてくれた本論文に感謝いたします!
2本目の論文は『グローバル流動性と中国のドル建てオフショア債―FRBの金融引き締め政策と中国の不動産危機の影響―(山本周吾氏)』です。
少し金融のマーケットに詳しい方であれば、「ドル建てオフショア債」と聞いて、「抜け道感」を感じるのではないでしょうか?
本論文では、中国が銀行貸し出しを抑制してきた中で、不動産企業を含め中国企業がドル建てオフショア債での調達により資金繰りをやりくりしてきたことと、それがどういった結末を迎えることになるのかが書かれています。
①FRBの低金利政策による、低いドル調達コスト+ドル安というWハッピーの期間
FRBが低金利政策をしていた時代では、当然ながらドル調達コストは低くなります。
加えて、ドル安(人民元高)が進むので、返済が楽になります。
当然ながら、ドル建てオフショア債の発行が進みます。
②FRBの引き締めによる、高くなるドル調達コスト+ドル高という逆回転期間
考えてみれば当たり前のことですが、①の期間はいつか終わるわけで、ドル調達コストは上昇し、ドル高(人民元安)が進みます。
ドル建てオフショア債の新規の発行が厳しくなり、償還も人民元ベースで厳しくなるケースが出てきます。
信用が拡張して収縮するという基本的な「サイクル」の話ですが、中国のドル建てオフショア債のマーケットにおいても「サイクル」が発生しているという話になります。
3本目の論文は『中国の家計の資産・債務の変化に関する一考察(唐成氏)』です。
本論文では、びっくりするデータ「家計の金融資産残高とその構成の変化」がありました。
1995年、2007年、2018年という3つの時点での様々なデータが出てくるのですが、
①金融資産は「4.3兆元→31.9兆元→144.5兆元」と爆速で伸びています
②現預金比率は「91.8%→68.0%→58.8%」としっかりと減少しています
③株式と投資信託などの割合は「1.8%→20.3%→26.3%」としっかりと増加しています
1995年から2018年までですと23年間ですが、23年間でこれだけ大きな変化が生じていることに驚きました。
日本での23年間はどうだったでしょうか?変化の無いことが良いことなのか、考えさせられます。
4本目の論文は『中国・デジタル人民元の制度設計と実験動向―既存のキャッシュレス決済手段との違いの模索―(関根栄一氏)』です。
この論文ですが、中国におけるキャッシュレス決済の歴史についてと、デジタル人民元の制度設計についてが詳しく書かれています。
歴史編では、2003年10月にアリペイが出来て、2011年あたりからQR決済が導入され、2013年6月に決済の余資をMMFで運用が出来る仕組みが出来たなどがありました。
制度設計編では、金融包摂を支援する仕組みという基本線があること、小口支払いサービスにおける効率性を安全性を支援すること、国際決済での利用環境を模索することという役割・目標が紹介されていました。
加えて、デジタル人民元に付利などをすることなく、現金と同じ機能にすることが大事だとの記述がありました。これはいくつかの確かな理由があるのですが、将来、日本がデジタル円を導入する時にも大いに参考になるでしょう。大変貴重な論文でした。
最後に
今月号の証券アナリストジャーナルは、『中国の金融資本市場』という特集でした。
証券アナリストジャーナルで、他国の特集をするのは珍しい気がします。今回は中国についてでした。
一言で言ってしまいますと、他国の行動から学ぶことは大きいと感じました。
明治維新の前も、明治維新後も、他国の行動を学び、成長してきた日本ですが、先進国の仲間入りを果たした(または、果たしたと思った)時から、学びが薄くなってしまったのではないでしょうか?「失われた〇〇年」というのは、学びの薄さが一つの要因なのかもしれません。
良い気付きを与えてくれた今月の証券アナリストジャーナルでした。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!
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