やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは、「スチュワードシップ・コード改定と機関投資家」特集です。コーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードという言葉は聞いたことはあるものの、よく知らないという方もいらっしゃるのではと思います。基本的なことから説明して、座談会での議論が非常に意義深いものと感じましたので、その内容も書いていこうと思います。
コーポレートガバナンス・コードとは、企業(コーポレート)を統治(ガバナンス)する原則(コード)であり、株主やステークホルダーに対する「企業」の対応指針であります。(社外取締役を2名以上選任するなどというテクニカルな話もあります。)一方、スチュワードシップ・コードとは、有力な株主である「機関投資家」が投資先企業をきっちりとウォッチして、対話して、企業を成長させていきましょうというものです。「モノ言う株主」と言ってしまうと短絡的ですが、行きつくところはそういうところでしょうか。両コードを合わせて、ダブルコードなどと呼ばれることもありますので、セットで「企業価値向上のドライバー」、「より良い資本市場へのドライバー」とある程度考えられています。
今回は座談会と論文2本と言う構成ですが、まずは座談会を読んだ感想から書いていきたいと思います。出席者は、蔵本祐嗣氏(大和住銀投資顧問)、豊田一弘氏(シュローダーIM)、濱口大輔氏(企業年金連合会)といった顔ぶれです。
大きな流れとしては、制度としての導入が速いスピードで行われたものの、実際に効果的に機能しているかは疑問、または、もう少し時間を経てみないとわからない、といった感じに思えました。両コードは、マーケットリターンを向上させるために、インベストメントチェーン全体の最適化を図るために、「やらなければならない!」となっているわけですが、(そもそも論になりますが)「市場は市場参加者の経済合理的な行動に任せるものでは無いのか?」という疑問も当然ながら湧いてきてしまうわけです。
スチュワードシップ・コードを推進していくことによって、株主総会の議案に対して否決票を投じることになるとしても、全体の解決にはならないという話も出てきます。日本の市場が持ち合い株式、政策保有株式などで議案に「YES」しか言わない歴史があって、株主構造に問題があるという理由です。この株主構造は政策保有株主が資本を希薄化させていると見ることが出来、結果ROEが押し下げられているという議論にも繋がります。この件に関しては、ドイツでは政策保有株式の売却益に対する課税の軽減措置が導入されたという話も出てきているので、その気になれば解決できるのかもしれません。
また、スチュワードシップ・コードを推進するコストをどう捻出するのかという問題も大きいようです。企業との対話には当然コストがかかるわけで、フリーライダーに対してコストを負担してもらう事は出来ませんし、パッシブ投資家は、スチュワードシップ・コードを推進して、結果マーケットリターンが向上したとしても、「対象インデックスのパフォーマンス」しか得られないわけで、大口の投資家とは言え、インセンティブに乏しいと言えます。パッシブ投資家は「集団的エンゲージメント」という複数の投資家が連携して企業と対話するという手法でコストを下げたりすることが、部分的な解決策として実際に行われているそうです。
次いで、「受託者責任」というのが運用者の責任であり、市場参加者の経済合理的な(身勝手な)行動で解決できない問題を解決する、いわば「社会的責任」ともいえることに対応するのは運用者の責任なのか?政府などの役割なのでは無いのか?コストを払うことは「受託者責任」に対してどう説明していけば良いのか?といった、「そもそも我々がやることなの?」という話も出てきます。そのような話の流れもあってか、コーポレートガバナンス・コードの改定における課題も議論されます。「株主総会において相当の反対票が投じられた株主提案議案は、その原因の分析を行い株主との対話その他の対応の要否について検討を行うべき」というコーポレートガバナンス・コードの補充原則を発展させるアイディアや、政策保有株式の保有の合理性を抽象的に説明すれば問題ないという現状を、しっかりと具体的に戦略的な合理性があると言えない場合は基本的にそういった株式は売却するようにするアイディアなど、出来そうな提案がいくつも提示されました。
上記のように、大変面白い議論がなされましたが、なかなか解決への道のりは長く、難しいということも感じられました。両コードの導入の先輩の国、イギリスではどのようにスチュワードシップ・コードが推進されてきたのか、次の論文が説明してくれています。
1本目の論文(英国におけるスチュワードシップ・コードの推進ー三和裕美子氏、村澤竜一氏)は、題名の通りですが、導入の歴史などを紹介、説明しています。イギリスでスチュワードシップ・コードが策定されたのはFRC(英国財務報告評議会)によるもので、2010年と案外新しく、策定の背景には2008年の金融危機とイギリスの銀行の経営危機があったとのことです。
特徴として、有力な株主である「機関投資家」が投資先企業をきっちりとウォッチして、対話して行こうという目的を「自発的」にやってもらうように促していることが挙げられます。その仕掛けとして、FRCがスチュワードシップ活動に関する取り組みについての報告書のTiering(ランク分け)を行っていることがあります。こういったTiering(ランク分け)によって報告書を改善する機関も多かったようで、報告書を改善するためにスチュワードシップ活動に関する取り組みをレベルアップさせている機関も多いのではないかという考えられています。FRCはTieringがスチュワードシップ・コードを改善するすべてではないことを認識していて、全体の中で良い流れができるように整備しているところがポイントではないかと思いました。
日本でのスチュワードシップ・コードの導入はトップダウン的な感じが強いですが、これはイギリスでは昔から株主がスチュワードシップ・コードを声高に叫ぶ前から企業を監視するという行動を行っていたことと、日本ではメインバンク制で銀行が企業を監視していたという歴史の違いも影響していると、解題で鈴木一功氏が言及していますがその通りだと思います。また、日本は「ルールベース」の管理に慣れていて、「プリンシプルベース」に慣れていないので、イギリスが行ったようなアプローチが難しいという点もあるのかと思います。
2本目の論文(スチュワードシップ・コードの改定と機関投資家の対応ー西山賢吾氏)は、スチュワードシップ・コードが改訂されて、議決権行使結果を個別開示したデータの分析が面白いです。「買収防衛策案」に対する否決票が多いのは、想像しやすいでしょうか。株主にとって、M&Aをハナから否定することは利益にならないという理由です。そして、「役員退職慰労金の贈呈案」に対する否決票も多いです。会社に対する貢献をどう評価するか、透明性が低いことや、日本の報酬支払い時期の偏り(後ずれ)といったことも影響していそうです。
面白いデータとして、「経営トップの取締役選任議案」に対する賛成比率の低い事例が増加というデータがありました。「取締役選任案」という全体でいうと賛成比率は平均で95%を超えているのですが、社長や会長さんの取締役選任案になると、賛成比率が60%台や70%台というわりと低い比率のものが出てくるというものです。否決票を投じて、反対理由を説明するのは、ハレーションが大きそうですが、結果としては、こうなっていると。。。否決票を投じても企業との対話が継続できるように(出禁などにならないように)何らかの対策を講じた方が良いかもしれません。
終わりには、我が国のコーポレートガバナンス改革は「形式面での整備」は概ね完了し、「真の実質主義への転換」に進む局面に移行したとお書きになっています。この改革を成功させるために、継続的な尽力が必要ですが、特に、インベストメントチェーンに携わる人や制度が同じベクトルで進んでいくための、仕組みづくり、サポートが鍵になってくるのではないでしょうか。
というわけで、今月の座談会・論文は、日本の成長戦略の一環としても重要なスチュワードシップ・コードに関するものでした。自分の投資に直接影響するということは無いかもしれませんが、市場に対する政策の流れを考えることで、日本の未来が見えてくる一つのピースになると考えます。来月は「監査の情報提供機能」というこれまた固そうなテーマですが、「むずかしきことはやさしく」ほぐしながら書いていきたいと思います!
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