証券アナリストジャーナル6月号やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは、「企業成長とマクロ成長」特集です。

毎月、このジャーナルが送られてきて、ワクワクしながら読み始めるのですが、今月のテーマ「企業成長とマクロ成長」は、前月の予告でこのテーマだと書いてありましたので、知ってはいましたが、ピンと来ていませんでした。というわけで、今月は、ワクワクというよりも、「どんな内容なのだろう?」と謎マークを頭に抱えながら解題を読み始めました。

解題を読み、謎は解けました。『経済成長を分析するには、国の機関が収集したり、調査して手に入れたデータ(「法人企業統計」など)を利用することが多いわけですが、ここ最近の傾向として、企業レベルの利益情報を集約して、マクロ集約利益という、いわゆる「日本株式会社のデータ」にして分析している』そうなのです。

これは、思いつけば分析出来ると分かりますが、灯台下暗しと言いますか、ハッとさせられました。上場企業のP/LやB/Sは情報量が豊富で、集約した「日本株式会社」というマクロデータはかなり使えそうですよね。

というわけで、「企業成長とマクロ成長」いうテーマは非常に面白いです。最近始まった研究ということで、バラエティ豊かな論文群でした!書き留めておきたいことを徒然なるままに書いていきます。

 

4本目の論文(マクロ利益とマクロ成長-消費経路か投資経路か-―中野誠氏、吉永裕登氏)から見ていきたいと思います。この論文は、「マクロの企業成長(利益成長)と将来のマクロ経済成長(GDP成長)の関連」を考察しています。具体的には、「日本企業の利益成長は実際にその後のGDPの成長と関連しているのだろうか」、「日本企業の利益成長は、設備投資や個人消費の促進につながっているのだろうか」という問題に対して検証していきます

分析のモデルや、変数の定義が明快で、簡単に分析結果が出てきて、すぐに結論が出てきます。「日本企業の利益成長は実際にその後のGDPの成長と関連しているのだろうか」という問いに対しては「YES」「日本企業の利益成長は、設備投資や個人消費の促進につながっているのだろうか」という問いに対しては、「民間企業設備、民間在庫変動が有意に正の関係にある、つまり、個人消費よりも企業投資と有意に正の関係が成り立つ」という答えになります。

この類の分析は、「日本株式会社」のデータがかなり豊富であるはずなので、もっと色々と出来そうです。賃金を上昇させるための施策などがこれらから導き出せれば、「企業業績の改善」から「GDP600兆円の達成」というアベノミクスの中で、『600兆円が達成される中で、「おそらく」、賃金は上昇するでしょ!?』という議論から一歩進んで、もっと効果的な施策が打てるのではないでしょうか!

 

 

戻りまして、1本目の論文(イノベーションと流動性―清水洋氏、山口翔太朗氏、金東勲氏)では、少しテーマと離れてしまっているかもしれませんが、人材の流動性の上昇がイノベーションにどのような影響を与えるかを議論しています。

これはこれで面白くて、最初に映画の世界の中でのイノベーションと人材流動性の関係が紹介されます。山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズなどに代表される、人材の流動性「低」でイノベーション「小」な映画は安定的なヒットを出すが、人材の流動性「高」でイノベーション「大」の作品は評価のばらつきが大きくなるといった話です。

その後、上記の分析の考え方を企業の分析に落とし込んでいきますが、日米の企業の比較で「社歴の長さとROAを比較した時に、10年くらいまでは日米はあまり変わらないようなROAが出せているのに、10年以降に日米の違いが出てくるというグラフが提示されます。米国は安定して10%を超えている一方、日本は徐々にパーセンテージが下がっていき、社歴50年を超えると4%を割ってくるのです。

この理由として、「市場競争を通じた淘汰圧力の違い」、「ステークホルダーからの圧力の違い」が挙げられ、3点目として「労働市場の流動性」が挙げられています。「労働市場の流動性」が低いために、日本企業は事業転換が難しいという推測です。

「労働市場の流動性」が上がれば、つまり解雇や採用が容易になるような世の中になることで、100%企業が良くなると証明されても、おそらく日本では政治的な面で変えることが難しいとは思いますが、興味深い議論でした。

 

 

2本目の論文(M&Aと日本企業の成長-クロスボーダーM&Aを中心にして-―宮島英昭氏)も少しテーマから離れてしまっているかもしれませんが、「クロスボーダーM&Aに積極的な企業はどのような特性を持つのか」、「クロスボーダーM&Aを通じてグローバル化に成功している企業群は、いかにしてM&Aを企業成長・企業利益・企業価値の向上に結び付けてきたのか?」を議論していきます。

日本企業のクロスボーダーM&Aは失敗ばかりというイメージがあり、もっと分析や調査をやって、うまくやっていくべきと思いますが、そういった問題に対する答えはこの論文に少しありそうな気がします。クロスボーダーM&Aの経験のある先輩企業からのヒアリングなどでの調査からわかる成功パターンの踏襲、「経済産業省・海外M&A研究会」などでのDoリストの活用などが考えられます。

おそらく、それに加えて、事前のコミット、事後のコミットを確実にやっていくことが大切なのでしょう。日本企業のローテーションカルチャーでしばしば起こっている弊害ですが、気づけば責任者が変わっているという、何と言いましょうか、責任の引継ぎに次ぐ引継ぎで責任の所在などが分からなくなってしまう事象は避けないといけません。

 

 

3本目の論文(設備投資をめぐる諸問題-低迷の背景と各種の実証分析-―花崎正晴氏)では、「いかにして国内の設備投資を増加させることが出来るかが、日本経済にとって重要な課題である」と、海外での設備投資やクロスボーダーM&Aにお金を使っちゃっているから、国内にいろいろ影響がでてきてまっせ!というまっすぐな議論です。

「設備投資が国を造る」というのは古い考え方かもしれませんが、やはり今もワークする考え方であると思います。国内の設備投資が停滞して、製造業ヴィンテージという「年」で表現される設備の新しさ古さの数字が大きくなっている、つまり、設備が古くなっているという話が出てきます。これは平均値なので、最近の設備投資にかかる金額が産業構造の変化などで小さくなっている影響があるかもしれませんし、ヴィンテージのバーベル化が発生していて、平均で議論しても弱いという可能性もありますが、憂慮しておいたほうが良いのは間違いないでしょう。

本論文からは少し逸れてしまいますが、この世の中、正しい投資とはどういったものなのかを考えさせられます。グリーンフィールド投資というのは、ちょっと時代的に違ってきているのかもしれませんが、モノを作る際には誰かがやらないといけない投資ではあります。そしてM&Aとして、少し芽の出てきたスタートアップを買収する投資、一方で、成熟化したキャッシュカウ事業を買収する投資があります。100%の買収ではなく、様子見のマイナーステークを獲得する投資というのもあります。

投資される側にいる「事業運営者の方向性」というのも、この世の中、非常に難しくなっていると思いますが、議論が発散してしまいますので、このあたりで今回はおしまいにしたいと思います。

 

 

今月は「企業成長とマクロ成長」という特集でしたが、このテーマへの探求心が深いものとなるとともに、このテーマの自在性、拡張性が、色々な思考に誘ってくれました。学びは素晴らしいです!!

 

 

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