やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは『インフレと資産運用 』という特集です。
これまでの資産運用において、インフレを軽視していた投資家は比較的多かったと思います。
現実問題として、インフレを軽視していて、大きな問題は無かったのではないでしょうか?
しかし、これからの資産運用においては、インフレを考慮するべきとする投資家が大半になってくるかもしれません。
今回の4本の論文は、そんなインフレ対応の資産運用へのシフトの一助となるものでした。
それでは、1本目の論文からまいります!
1本目の論文は『高インフレと金融市場─40年ぶりに訪れたインフレの、背景と金融市場に及ぼすマクロ的含意─(小出晃三氏)』です。
本論文では、「米国のインフレがなぜ起こったのか?」を中心に議論が展開されていきます。
構造要因として、5つ挙げられていて、それぞれ、
①コロナ禍を経た労働者の選好変容
②輸入代替・流通合理化効果の減衰
③過剰流動性拡大下の不動産価格騰貴
④温暖化ガス排出制限の強化
⑤財政支出の加速的拡大
となっています。
5つのうちのどれが主因なのかと思いながら読んでいましたが、①、②、⑤の影響が個人的には大きいなぁと感じました。
①はベバリッジ曲線という労働市場における需給間のミスマッチを測る曲線が不可逆的にシフトしていること、②は米中の対立からサプライチェーンの再構築が避けられないこと、⑤はポピュリズムしか勝たん(くだけた表現ですみません・・・)世の中で緊縮財政は実質的に不可能なことからそう思いました。
2本目の論文は『過去70年間の日米のインフレの歴史に学ぶ(山口勝業氏)』です。
著者の山口勝業さんは、長期のデータ分析においてしばしば名前の出てくる方で、今回も1952年からのデータを見ながら分析を試みます。
最初に、消費者物価指数について、1952年から2021年までの70年間の分析が行われます。
前半35年間は大きく動いた時代で、日本の1973年の「狂乱物価」、米国の1970年代の「スタグフレーション」が言及され、高インフレ期と定義されています。
後半35年間については、日本のCPI変化率はゼロ近辺、米国でもほぼ5%以下で推移し、安定的だったとの論調で、低インフレ期と定義されています。
次に、インフレ調整後の実質リターンが分析されています。
総じて株式のパフォーマンスが良いものの、高インフレ期は株式が圧勝しているデータがある一方で、低インフレ期は米国では差が縮まり、日本では債券の方が0.1パーセントポイント秀でているという結果が出ています。
筆者の分析として、高インフレ期ではディマンドプル型インフレでコスト転嫁が出来たと主張し、低インフレ期ではリターンの動力源が実体経済から金融緩和にシフトしたというように主張しています。
この太字のところは深く同意するところで、「金融緩和」と呼ぶべきか、「マネー経済」と呼んでも良いのか悩むところですが、筆者はつまるところ、前半は企業収益の高さで伸び、後半は割引率の低下によって伸びたと主張しています。
直後に、今回のコストプッシュ型のインフレをディマンドプル型のインフレの時のインフレ退治法で対峙できるのかといった議論に繋がっていて、最終章には『インフレという「症状」がいつの時代も同じ「病因」で引き起こされていたわけではないし、したがって「対処法」も同じ効果を発揮するとは限らない』と書かれています。
多面的な視点から考えるべきだと思わせてくれる結末となっていますでしょうか。大変興味深いです。
3本目の論文は『インフレ環境下でのライフサイクル投資(藤田勉氏)』です。
インフレやデフレを繰り返す世界経済ですが、この環境下で、金融商品の買い手(投資家)と金融商品の売り手(金融機関)がどう行動していくべきなのかを筆者なりに主張している論文です。
アブストラクトのところに『金融機関が、高コスト商品の販売から脱却し、「顧客とともに繁栄する」ビジネスモデルを確立できるようになれば、このトレンド(やすべえ注:リスク資産投資が増えるトレンド)は加速するであろう』と書かれてありますが、まさに筆者が言いたいことが凝縮されているように思いました。
中盤も興味深い言及が並びますが、本記事では割愛しまして・・・
最終章では、リスク資産投資が増えるトレンドが加速するための「3つのエッセンス」のようなものが書かれています。
①国際分散投資が容易にできるか?(eMAXIS SlimのようなアクセスがあればOK)
②NISA、iDeCoなどの制度が使えるか?(2024年以降の新しいNISA制度が追い風)
③投資家の利益重視の姿勢があるか?
③が不十分であると、金融庁のコメントを取り上げる形で、筆者は主張しています。
金融機関系列の親会社である持株会社・販売会社、資産運用会社との利益相反などへの言及、資産運用会社が顧客利益を最優先していないことの指摘が挙げられています。
4本目の論文は『物価上昇と債券運用(徳島勝幸氏)』です。
タイトルの通りですが、債券運用について幅広い知見が披露されている論文でした。
株式畑の私ですので、本論文での債券畑の方の知見は全て吸収したいもので、ここにもたくさん書きたいところですが、本記事では、私が読んでいてハッとした箇所が2つありましたので、書いていきます。
1つ目は「インフレターゲティングはインフレを抑える金融政策だ」というところです。
『欧米先進国において過大な物価上昇を抑える金融政策を抑える金融政策として採用されたのがインフレターゲティングであったが、日本の金融緩和政策が上昇しない物価を安定的に引き上げることを目的として導入されたところに、問題設定の誤りに加え手法の採用ミスがあった』と書かれています。ハッとしました。
もう1点は、『運用者が「名目」と「実質」の双方を意識しているか?』というところです。
「もちろんしています。」と運用者は答えるでしょうが、長らく物価停滞で「名目」=「実質」だった日本と、欧米ではマインド的に違うものがあるのです。
後半部に『欧米での年金運用に際しては、日本の多くの企業年金とは異なり、物価に連動する給付が必須とされており、物価上昇は運用での対応を求められる重要なリスクの一つとして認識されている』と書かれています。ハッとしました。
有難い論文でした!
最後に
今月号の証券アナリストジャーナルは、『インフレと資産運用』という特集でした。いかがだったでしょうか?
読む前から、このテーマは難しい問題で、読んだところで「インフレ時代の資産運用がバッチリ出来るようになる!」とは思いませんでしたし、読んだ後もそうは思えていないというのが、正直なところです。
しかし、4本の論文から、インフレ時代の資産運用は総じて結果は宜しくないし、運用の難易度が高いことを再確認し、その前提でチャレンジしていくべきだということが理解できました。
また、少し話は飛びますが、お金の3つの機能である「交換」、「尺度」、「貯蔵」ということも考えました。インフレ時はこれら3つの機能が不確かになる可能性がありそうです。
そうなると、お金の役割は低下するのかもしれません。お金は生きるためのツールに過ぎないし、あんまりお金について考えすぎてもなぁという気持ちにもなりました。
とりとめのないまとめになりましたが、今月も、最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!
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