やすべえです。米国のマーケットの歴史のおさらいの続きです。前回は、2000年あたりまで続いたITバブルのところまでやりました。

S&P500の1984年から2016年までの推移

S&P500の1984年から2016年までの推移

(1984年からのS&P500の推移)
Yahoo! Finance(http://finance.yahoo.com/q?s=^gspc)より筆者作成

2001年9月11日には同時多発テロがありました。私はトレーダーとして働き始めて間もないころで、たまたまテレビのある居酒屋にいました。午後10時くらいにマンハッタンのビルに飛行機が激突したという緊急ニュースが流れ、生中継で2機目が激突した時は、当時働いていた会社のNYのオフィスがあるビルに激突したと思い(隣のビルでした)、相当動揺したことを覚えています。3000人以上の方が亡くなる大惨事でした。

テロ後の相場は、テロに負けないという愛国心の高まりなどもあり、堅調でしたが、2001年から2002年にかけてエンロンとワールドコムという大きな会社が会計疑惑問題で経営破たんし、アメリカのマーケット全体に対して決算に対する信頼性が低下し、ITバブルの頃の半値近くまでマーケットは下落しています。バブル崩壊で好況時には見えなかった問題が見えてきたといえばそれまでかもしれませんが、この会計疑惑問題において、この両社は投資銀行業務のビジネスをチラつかせてアナリストを丸め込み、株価が正当だと言わしめました。また、監査法人も報酬の大きさに丸め込まれ、アンダーセンという監査法人が消滅するという大きな問題をもたらしました。

ITバブルの株価までなんとか戻ってきた頃にサブプライム問題が起きました。2007年ごろからその兆候はあったと言えますでしょうか。金融機関は、従来であれば借りることが困難であった人に対して住宅ローンを提供(サブプライムローンと言います)して、その比較的質の低いローンを1つの債券にまとめ、債券に弁済の順位をつけるなどの細工を施して最上位のAAAといった高い格付けの債券を作り出しました。そして、格付けがあれば中身は気にせずに買えるような投資家に売り、住宅の相場が傾いてくると、それらの安全と思われていたAAA債券が安全ではなくなり、その債券の複雑さからも価格は暴落し、クライマックスである2008年のリーマンショックと続いていきます。

リーマンショック後は、FRB(米国の連邦準備制度理事会)がQE1、QE2、QE3などと言われる量的金融緩和政策を行い、金融を正常化させていき、7年以上も景気拡大が続いています。この頃のFRBの政策はマーケットとの対話が上手だなどと言われ、投資に対する安心感をかなり植えつけたと言われています。当時のFRB議長はベン・バーナンキで、ヘリコプター・ベンというニックネームを持っていました。つまり、ヘリコプターから紙幣をばらまくんではないか言われるほどの緩和主義者でした。今はジャネット・イエレン議長がその政策を踏襲しつつ、景気が上向いてきた中でのかじ取り、緩和からの緩やかな脱却を行っています。

先週にアメリカの大統領はトランプとなりました。「アメリカファースト」と声高に叫ぶ中で、アメリカのマーケットはどう変わっていくでしょうか。