証券アナリストジャーナル7月号やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは「政治的不確実性がマーケットに及ぼす影響」という特集です。時事問題でもあり、キャッチーな、興味深い特集です。

4本の論文を読んでまいりますが、そのうちの2本は、正に今起こっていることを分かりやすく解説しているもので、他の2本は政治的不確実性を計量的に捉えていこうという論文になります。

 

1本目の論文は、「米中貿易戦争と経済的な影響ー(河合正弘氏)」です。

トランプ大統領がアメリカの大統領になったのが、2017年の1月でした。考えてみれば、2年半が経ちました。

 

貿易についての最初のアクションとも言える「鉄鋼・アルミ製品への追加関税」を行ったのは、2018年3月でした。筆者はここをスターティングポイントとして、議論を展開していきます。

中国以外の主要な貿易相手国・地域に対しては、「自動車・同部品にも追加関税を課す可能性を示して」、「通商上の譲歩を引き出そうとして」、①「韓国は米韓自由協定の再交渉」、②「北米自由協定(NAFTA)の再交渉」、③「日本や欧州連合(EU)は米国との貿易協議を行うことに合意」といったように、貿易交渉を行っているとの分析です。

一方、中国に対しては、「知的財産権の侵害など不公正貿易を理由に」、①「これまで3弾にわたる制裁を発動」、②「第4弾としてほぼすべての対中輸入品に追加関税を課す準備」、③「華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)などの中国のハイテク大手5社の危機・サービスを利用することを禁止」といったように、貿易戦争の事態になっているとの分析です。

 

米中貿易戦争の深刻化については、多くのページが割かれており、3つの手段+アルファが書かれています。

「第1の手段が不公正貿易に対する一方的な関税引き上げの制裁措置」、「第2の手段が対米外国投資委員会(CFIUS:Committee on Foreign investment in the United States)の権限の強化」、「第3の手段が、中国のハイテク大手5社を米国の政府調達市場から排除すること」、他にも、「NDAA2019の中に、FIRRMAとあわせて、今はまだ開発段階にある先端技術を輸出の規制対象とする輸出管理改革法(ECRA)を盛り込むかたちで成立させている」などとなっています。

第2の手段は、「中国企業を念頭に外国企業による対米投資を制限すること」が目的となっていて、NDAA2019のECRAについては、賛否両論はありそうですが、技術の抱え込みを狙ったものとなっています。

 

上記以外にも、「G20主要国・地域の平均関税率の動向(Average import tariffs in G20 countries)」といった世界銀行のデータ(p.6にあります)や、「米国と中国の財の二国間貿易額の変化率」、「日本と韓国の財の対米・対中輸出額の変化率」といったIMFのデータ(筆者が加工して作成したもの)など、興味深いデータが並びます。

 

結びには、「米中間のハイテク技術を巡る覇権競争や体制間競争は今後20~30年続くものと考えられるが、まずもって当面の米中貿易競争を一刻も早く収束させることが望まれる」という冷静な分析があり、「トランプ米大統領は、貿易赤字は国の損失だと考えているが、赤字は財の生産を上回る支出が存在する結果生じるものであり、それ自体は国の損失ではない」という、マクロ経済学の基本的な考え方を書いていらっしゃいます。この考え方はしばしば黙殺されてしまうのですが、この考え方は強固なようで脆弱なのか、毎回悩みます・・・。

 

 

2本目の論文は、「欧州の政治的混迷とマーケットへの影響(伊藤さゆり氏)」です。

こちらの論文は、ヨーロッパ事情の把握に有益なものでした。結論としては、ヨーロッパは「外的ショックには脆弱なままだろう」というものです。

 

まずは現状把握として、「18年6月、イタリアでは、ユーロ圏主要国で初めて、ポピュリスト政権のみの政権が発足」、「フランスでは、17年4~5月の大統領選挙と6月の国民議会選挙で勝利し発足したマクロン政権が、国内の深刻な分断と低支持率に悩まされている」、「ドイツでは、17年9月の総選挙で、メルケル首相の中道右派のキリスト教民主社会同盟が第1党の座を守ったが、中道左派の社会民主党とともに大きく議席を減らし、3度目の大連立政権の発足までに5か月余りを要した」、「スペインでは、19年4月28日に、ここ3年半で3度目となる総選挙が実施された」「新興の極右VOXが10%の得票を得て第5党となり、初めて議席を獲得、多党化傾向がさらに進んだ」、といったことが挙げられています。

 

次いで、これらの事実に対して、「ユーロ圏主要国の10年国債利回り」がどのように推移したかグラフが提示され、さらにわかりやすい「フランス、イタリア、スペイン10年国債対独スプレッド」のグラフが提示されます。

ユーロの為替や株式について、「ユーロの対ドル相場は、米国との金融政策、景気格差で基調が決まり、ユーロの信認問題にかかわる政治イベントには一時的なユーロ安で反応する傾向がある」「株価は、金融政策、景気に先行する傾向が強く、(中略)グローバルなショックに連動する」といった傾向が書かれていて、確かにそうだと思いました。

ヨーロッパ各国が、ポピュリズムの人気といった視点で変わっていくことは当面考えにくいので、このトレンドは続いていきそうだと私は思っています。

 

3章には「英国のEU離脱をめぐる動きへの市場の反応と示唆」が書かれています。こちらも、時系列での発生した出来事のリストアップと、ポンドの対ドル相場のグラフや、株価指数(FTSE100)の推移のグラフ、英国10年国債利回りのグラフがあるので、合わせて見ることによって、分かり良いものとなっています。

 

 

3本目の論文は、「テキストデータを用いた政策不確実性の計測(伊藤新氏)」です。

政策の不確実性を計測するためにはどういった方法があるのかという話から始まります。「第一は、アンケート調査の実施」であって、「第二は、経済データやテキストデータを活用」という二つのアプローチを提示し、筆者はこの論文で、テキストデータを用いたものを紹介していきます。

 

以下の論文が、米国の政策不確実性指数について議論しているもので、おそらくですが、政策不確実性の計測においてよく引用されているもののようです。4本目に挙げる論文でも引用されています。

Baker, S. R., N. Bloom and S. J. Davis [2016] “Measuring Economic Policy Uncertainty, ” Quartery Journal of Economics 131 (4), pp.1593-1636

 

こちらは、米国の政策不確実性指数のコンセプトを日本版の政策不確実性指数に落とし込んだような論文で、兄弟論文ともいえるもののようです。本論文の筆者も名を連ねています。

Arbatli, E. C., S. J. Davis, A. Ito, N. Miake and I. Saito [2017] “Policy Uncertainty in Japan,” NBER Working paper No.23411

 

ざっくり言ってしまうと、不確実性が昨今上がっているということになります。

 

 

4本目の論文は、「政策不確実性が資産価格に与える影響(熊本方雄氏)」です。

政策不確実性に関する論文が続きますが、こちらの論文は、モデルを用いているものです。

 

モデルの詳細は本文をお読みいただけたらと思いますが、先行研究のモデルにおいて、「政策コストは低く、投資リターンに与える影響が大きく、その不確実性が小さいと認識される政策が採用されやすい」「経済状況が悪いとき、すなわち現行の政策が好ましくないと判断されるとき、政策が変更される可能性が高くなる」という示唆(これらは直感的にもそうだろうなというものだと思います。)があり、エクイティ・プレミアムに対しては、「経済状況が悪い時、政府が政策を変更し、市場に保護(put protection)を与える可能性が高まるため、エクイティ・プレミアムが低下する」「経済状況が悪い時、政策変更の可能性が高まるため、どの政策が採用されるかに関する政治的シグナルが株価に与える影響が大きくなり、この結果エクイティ・プレミアムが上昇し、前述の保護の効果を弱める」という示唆に繋がります。

 

このトレードオフの関係をどうマネージしていけば良いかということなのでしょうが、市場は政府の政策において、「市場に保護(put protection)を与える」ということを見透かしているように感じます。よく言う「催促相場」というものも見透かしている上での行動なのだと思います。

結果的に、エクイティ・プレミアムは低下していて良いように思えてしまいますが、いざ「市場に保護(put protection)を与える」ことが難しくなり、後半部の「政策が変更される可能性が高まるため・・・エクイティ・プレミアムが上昇し」という現象が強く表れたときにショックが大きくなってしまうという、何といえばよいでしょうか、チキンレースのような展開になっているという気がしてなりません。

 

これは、政府の行動と市場の行動のゲーム理論のようなものと言えるでしょうか。政府の選択肢としては、①「市場に保護(put protection)をちらつかせる/実際に保護できる」か②「市場に保護(put protection)を見せない/実際に保護できない」というものがあって、市場の選択肢としては、③「市場に保護(put protection)があると信じてエクイティ・プレミアムを低下したとみなして、買い上げる」、④「市場に保護(put protection)があると信じずに、何もしないor持ち高を売却する」というものがあるのでしょう。

エクイティ・プレミアムを低下させる経済効果が欲しい政府は、①の選択肢をやったほうが利得が高くて、一方で、短中期的に成果が欲しい市場は、③の選択肢をやったほうが利得が高くて、そうなると、経済が成長していくという長期的な成果を短中期的に先取りしてしまうような関係性になり、それが行き過ぎた場合や、市場を保護するような政策が出来ない場合に、政府は②の選択肢に方針変更しないといけないのでしょうが、そうなると、市場も④の選択肢に方針変更しないといけないこととなり、この変更は両者にとって痛みが大きいのでやりにくくなるという、そんな図式なのかと思います。

ちょっと脱線しました!(笑)

 

 

最後に!

というわけで、今月の証券アナリストジャーナルは、「政治的不確実性がマーケットに及ぼす影響」という特集でした。今起こっていることにどう対峙するかという実践的な内容も含んでいて、非常に興味深い特集だったのではないかと思います。

最後まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。