証券アナリストジャーナル11月号やすべえです。11月に入り寒い日が多くなってきました。今月の証券アナリストジャーナルは「成長資金供給と官民ファンドの期待役割再考」という特集です。

 

「官民ファンド」という文字が出たところで書いておかなければいけないと思いますが、去年の今頃、「官民ファンド」を巡るゴタゴタが有りました。それは、「JIC」と略される、「産業革新投資機構」における「高額報酬」の問題です。

融資や投資には、それなりに専門的な人材が必要になるわけで、そのために報酬制度も整備しないといけないので、業績連動報酬を含めて1億円超という額が用意されたのですが、経済産業省が認可しなかったというお話なのですが、もともと経済産業省的にはこの報酬制度でOKだったんだけど、新聞報道で何事だ!と騒がれたのでやっぱりNGになったとか、そういった事情がいろいろあったようです。(「産業革新投資機構」のWikiはこちら

江戸時代から脈々と続く、朱子学の影響、「貴穀賤金」的な考え方がやっぱりあるのかなとか、報酬を低くして専門的では無い人材が投資に失敗したらどうするのかなとか、考えさせられた出来事でした。

 

前置きが長くなってしまいましたが、今回のテーマは、なかなか馴染みの無い方も多いのではないかという背景もあり、基礎的な知識を学ぶことのできる論文など、4本の論文が並んでいます。

 

 

1本目の論文は、「成長資金供給と官民ファンドー期待と課題ー(中里幸聖氏)」です。

「官民ファンドって何?」と思う方にもわかりやすい説明で、まさに1本目に相応しい論文になっています。

官民ファンドによる資金供給が必要な分野というのは、民間による資金供給がままならない分野で、「社会・経済の活性化などの観点も踏まえて政策的に重要と思われる分野」と序盤にビシッと言ってくださっています。

これを大原則として考えていくと、官民ファンドによる様々な議論がしっかりと理解できると思います。後半に課題として、「民業補完の立ち位置」、「収益性と公益性のバランス」といった題目で議論が行われています。どちらも、程度問題といいますか、バランスが問われる事項ですので、わかりやすくバランスが見えるようにするというのが最善を求めるためには大事かなと思います。

 

さて、「官民ファンド」の議論において、「呼び水」という言葉が多用されるのですが、化学出身のやすべえとしては「触媒」的な役割とも感じます。例えるなら、ある産業が発展していない状態(Aとしましょう)から発展している状態(Cとしましょう)に遷移する際に大きな山(Bとしましょう)を越えなければいけないので、Cにたどり着けない、こんな状態でBを超えるための労力を減らしてあげて、Cにたどり着きやすくしてあげるという役割です。

これを中里氏は「行政側から見れば、金融的手法を用いた政策遂行手段であり、財政投融資の一種とも言える」、「民間側から見れば、(中略)、民間だけでは手掛けにくい分野・事業への足掛かりを得ることができる」と表現していらっしゃいます。(こっちのほうがわかりやすいですね・・・)

 

中盤には、官民ファンドの概要として、18のファンドの概要が出てきます。これだけでも読む価値ありなのですが、元ネタがインターネット上にありましたので、貼っておきます。(官民ファンドの運営に係るガイドラインによる検証報告(第10回) by 官民ファンドの活用推進に関する関係閣僚会議幹事会

産業革新投資機構(JIC)、子会社のINCJ、中小企業基盤整備機構、地域経済活性化支援機構(REVIC)などなど並び、クールジャパン機構なども出ています。

 

大変勉強になる論文でした!では、2本目の論文に移ります。

 

 

2本目の論文は、「ベンチャー支援官民ファンドの意義と課題(鈴木正明氏)」です。

本論文は、官民ファンドの立ち位置の難しさを浮き彫りにしてくれます。以下の問答の妥協点をどこに置くのかという議論を進めていかなければなりません!

「そもそも官が介入するのはどうなの?」「だって民だけじゃやり難いでしょ?」
「官がやりすぎて民が圧迫されてますよ!」「民がやって欲しいことを官はやっているつもりですよ!」
「特定の民から人材を受け入れて、癒着の危惧は?」「監督、監査、検査している!危惧は無い!」
「国民の血税で高額報酬とはけしからん!」「専門的な人材って報酬高いもんなんですよ・・・」

 

他にも、いろいろと官と民のすみわけの項目があるのでしょうが、統一的な原則がやはり必要なのだと思います。先ほどのリンク(官民ファンドの運営に係るガイドラインによる検証報告(第10回) by 官民ファンドの活用推進に関する関係閣僚会議幹事会)は、内閣官房がやっていますので、統一的な原則確立に向けたものなのでしょうけど、それぞれのファンドは、経済産業省、農林水産省、内閣府、文部科学省、国土交通省、環境省など、ほとんどの省庁が(競うように?)やっている状態ですので、コントロールすることは難しいのかなとも思います。

 

 

3本目の論文は、「ファンドを通じたベンチャー・中小企業支援の現状と課題(磯田篤岐氏)」です。

少し話が逸れますが、磯田氏は、今の時代が「変化の時代」であり、「中小企業やベンチャーだけでなく、行政をも巻き込むであろう経済・社会のイノベーションの波を前にして、行政による産業支援も市場のイニシアチブを、より重視したアプローチで考える時代に入っているのではないだろうか」と序盤に書かれていらっしゃいます。熱い思いに、ハッとさせられます。

一方、1本目の論文で中里氏は「ESG投資は持続可能性に着目した投資であるし、SDGsはその目標を定めたものである。」と「持続」というキーワードを用いています。

英語で言うと、「Change」と「Sustain」でしょうか。両者を達成するために、2語をどう組み合わせればよいかという解釈ですが、「Sustain the Change」なのか、「Sustain by Change」なのか、「Change what to be changed, and Sustain the rest」なのか、論文そっちのけで小一時間悩んでしまいました。

 

さておき、さておき。本論文は、「ファンドの社会的意義」を議論することによって、「官民ファンド」の理想像を探っていくような構造になっています。

「投資後に投資先企業の経営改善にファンドが積極的に働きかける点」と書き、資金支援+経営支援が意義としてあることをしっかりと主張します。そして、「経営の悩みを、腹を割って相談できるパートナーが欲しいと思うベンチャーや中小企業の経営者」に対して、「ファンドが中小企業やベンチャーに投資して会社の株主になる」ことで実現できる経営支援(そして、それによる改善)こそが、社会的意義であるという議論につなげていきます。

 

後半にはそのための実践論として、ルール作りやゲートキーパーの活用といった各論が載っています。

 

 

4本目の論文は、「法制面からの官民ファンド文責(石田幹人氏)」です。

こちらの論文は、「ファンド」について議論をはじめて、「官民ファンド」について議論を進めていくスタイルになっています。

そもそも「ファンド」というものは、投資家が運用者にフィーを払って運用してもらって、金額的な運用の成果を頂くというシンプルなものであって、そこで出てくる問題はいわゆる「プリンシパル・エージェンシー理論」くらいになるというものなのですが、「官民ファンド」になると、運用者、または第三者が政策目的を達成させたいので、ややこしくなるという話です。

つまり、投資家と運用者が契約などによって金額的な最大の運用の成果が出せるようにすれば良いという世界では無くて、金額的な運用の成果と共に、社会的な運用の成果が出せなくてはいけないという2軸の世界だということになるわけです。

 

金額だけの世界にいる「ファンド」であっても、金額に影響するであろう社会的なことは考えているはずですので、「官民ファンド」で考えなければいけないことは、金額に影響しない社会的なことが中心で、加えて、すぐに結果を出さなくちゃいけない/出さなくてもよいという時間軸的なことでしょうか。

昨今のSDGsの流れは金額に影響するであろう社会的なことを増大させているので、「ファンド」も社会的な運用の成果が上がっていくと考えられます。となると、意外に時間軸的なことが大事で、1本目の論文で議論されたキャズムを超えるための「触媒」としての役割か、超長期という民間が取れないリスクを取るための昔から融資の世界では行われてきた長期融資的な観点での長期投資という役割に分けて考えていくのが良いのかなと。(乱暴な議論になってしまいました・・・)

 

 

最後に!

今月の特集は冒頭にも書きましたが、去年のJICの一件があり、そこが議論の出発点になっていると考えられますが、一年の時を経て再考するという、証券アナリストジャーナルの社会的意義を感じる大変興味深い特集であったと思います。資本市場の中で複雑で微妙な立ち位置にある官民ファンドを見ることで、「資本市場がどうあるべきかというデザインをしっかりと行う」ことによって、「資本市場から果実を享受することが出来る」ことを再認識して、資本市場への感謝と貢献が大事だなぁと思った次第でもあります。

最後まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。