やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは『決算発表に対する市場反応』という特集です。
「決算発表」は、株式マーケットで最も華やかな値動きを見せるイベントではないでしょうか?
好決算で素直に上昇したり、織り込まれていたからか一瞬上昇するも下落したり、ネガティブサプライズで置きっぱなしの買いの板が成行の売りで連続的に約定されたり・・・。
そんな決算発表ですが、私がトレーダーをしている時は、基本的には受け身の体制で臨んでいました。
具体的には、決算発表の前に指値オーダーをさらすことを避け、持ちになっている(ロングポジションやショートポジションになっている)銘柄のみ、すぐに売買の判断ができるように準備していました。
今月号ですが、読んでワクワクしそうな論文が4本並んでいます。1本目から読み進めていきまSHOW!
1本目の論文は『決算発表に対する市場反応の増加と企業特性(地主純子氏)』です。
先行研究で紹介されている「William H. Beaver, Maureen F. McNichols, Zach Z. Wang[2018] “The information content of earnings announcements: New insights from intertemporal and cross-sectional behavior”」という超有名論文では、1971年から2011年の長期サンプルを用い、決算発表に対する市場の反応が2001年から米国で急激に増加していることを示しています。
私は1999年に証券業界に入りましたが、3年目くらいに出張でNYに行って、金融工学の競争がすごいスピードで行われているのを目の当たりにしたことを覚えています。
ロケットサイエンティストといったプログラミングのデザインと実践が柔軟に出来る人材を雇って、システム取引、アルゴ取引(当時は、High frequency とか言わずに、Systematic tradeとかAlgrythmic tradeって言っていた気がします。)を日々、改善や改良を行いながらやっていました。
ですので、「決算発表に対する市場の反応が2001年から米国で急激に増加している」というのを見て、当時の記憶がパッと蘇りました。
Beaverの論文などの様々な研究では、その市場反応の増加理由を、
①決算発表の情報の量が増加・情報の質が向上したから
②市場の取引スタイルが変化したから
という2つの方向から考えています。
私の第一感は完全に「②」でしたが、「①」も付随的な理由としてはあるかもしれません。複合的なんだと思います。
本論文の調査結果としては、
①「黒字企業(経常利益≧0)」の方が「赤字企業(経常利益<0)」より市場反応が大きい
②企業規模が大きい方が市場反応が大きい
③アナリストカバレッジがある企業の方が市場反応が大きい
④インデックス銘柄の方が市場反応が大きい
という結果が出ています。
上記4項目は、まさにシステム取引やアルゴ取引で、取引を行うユニバースを設定する際のパラメータであって、
①赤字企業の市場反応は異常値が出やすいのでやらない
②企業規模が小さいとトランザクションコストが大きくなるのでやらない
③アナリストカバレッジが無いと、比較対象が無いのでやりにくい
④日経平均とかTOPIX500とかでないと借株が難しくなるのでやりにくい
といったことに呼応していると考えられます。
1本目からワクワクする論文でした!
ちなみに、著者の地主純子さんは2022年1月号に寄稿した「決算短信は他の企業情報と比較して重要な情報か」という論文で2021年度証券アナリストジャーナル賞を受賞されました。
おめでとうございます!
2本目の論文は『決算発表に対する投資家の注文行動―予備的分析―(森脇敏雄氏、音川和久氏)』です。
この論文の興味深いところは、立会時間「内」に実施した年次決算発表を対象に分析を行おうとしているところです。
立会時間「内」ということは、出た瞬間にトレードに使える情報となるため、トレーダーが最も興味を持つものではあるものの、分析が非常に難しいところです。
どのような分析が行われていくのでしょうか!?
読み進めていくと、この類の分析はマーケットマイクロストラクチャー的なところを攻めるのが王道のようで、買いの板と売りの板が決算発表前後でどう変わっていくかということを見ています。
例えば、バッドニュースがアナウンスされると、
①ダウンティックでの約定(買いの板が売り注文によって約定すること)が増える
②売りたい投資家が現れて、オファーの板が厚くなる
③買いたい投資家が板をキャンセルすることによってビッドの板が薄くなる
ということが考えられます。
分析の結果としては、①は明確な傾向が出ていて、②と③はもう少し調べていきたいといったものになっていました。
②、③の結果についてその理由を再考してみると、板の厚さや薄さというのは、規制はされているものの「見せ板」的なものがありますし、キリの良い数字(XXX0円とか、YYY5円とか)の板が厚くなりますので、そういった板状況がノイズとなるからかもしれません。
マーケットマイクロストラクチャーの分析は本当に難しいです・・・。
私のトレーダー時代での分析は、単純に分析しやすいという理由で、株価にフォーカスしていました。
株価の動きをスムージングさせて、関数で表せる曲線を作り、2回微分がゼロになったところ(変曲点を探すみたいな話です)で、逆張りトレーディングを始めるといったことを考えていました。
こういうのも、やってみると上手く行かなかったりするわけですが・・・。
3本目の論文は『決算発表の情報波及効果─研究動向と課題─(北川教央氏)』です。
この論文も興味深いです!「A社の決算発表で、B社の株価に影響が出る」というのを分析するものです。
パッと思いつくのは「安川電機の決算発表(4月上旬)で、ロボット業界の株価に影響が出る」という事象でしょうか。
安川電機は2月期決算なので、他社に先駆けて決算発表を行うこととなり、いろいろ知らない情報が出てくるという背景があります。
本論文、「情報波及効果」について、整理してくださっていて、
①同一業種に属する企業間(まさに安川電機―ファナックみたいなもの)
②取引関係がある企業間(セブンイレブンーわらべや日洋みたいなもの?)
③資本関係がある企業間(トヨター豊田自動織機みたいなもの?)
を挙げています。
これだけで嬉しいですが、諸外国の先行研究における「情報波及効果」の決定要因や、日本の先行研究を紹介してくださっています。
また、後半に言及していますが、難しいこととして、「A社の決算発表が良い」という情報が、「業界全体が好調」という情報なのか、「B社のシェアを食ってA社が好調」という情報なのかで、B社の株価への影響が逆になるというところがあります。
これは、上記の①において発生するところで、マーケット参加者は常に間違えている印象さえ持ちます。手出し無用が定石です。(笑)
上記の②と③はアイディアとして儲かりそうな気がしました。1分とか2分といった短期で情報が波及するというよりは、半日といった中期でじわじわ波及する気がします。
GMOとその子会社とか、日本郵政とかんぽ生命・ゆうちょ銀行とか、どういった株価推移になってるんでしょう?
久しぶりに、ブルームバーグでチャートを見て分析したくなりました・・・。
4本目の論文は『決算発表における社債市場反応とメインバンク制(向真央氏、乙政正太氏)』です。
ずっと、「興味深い論文」、「興味深い論文」って言ってすみません!こちらも「興味深い論文」です!(笑)
普通、決算発表は「株式」のトレードに生かすものだと思うのですが、それを「債券」のトレードに生かしてみるという話です。
私が、あなたが、債券トレーダーだったら、どのように決算発表の情報を活かしますか!?
やはり、社債の返済能力の観点から、損失を中心に見るのではないでしょうか?
というのも、いくら会社が儲けたとしても、100で発行されたものは110にはならず、100で返ってくるだけです。利益に関してはスルーするのではないでしょうか?
本論文の分析結果でも、その通り出ていまして、「当期純損失に対する社債市場の反応は当期純利益に対する反応よりも大きくなる」ようです。
加えて、「メインバンク関係の弱い企業において、当期純損失に対する社債市場の反応はより大きくなる」ということも発見しています。
実際にしっかり分析した結果を見ると、なるほど感が大きいです。
また、「純損失を出す企業の社債の価値は発表20日前くらいからパフォーマンスが悪化している」というのも興味深いです。
あらかじめ悪い決算が出ると想定して、ポジションをカットしているということが分かります。
あくまで平均の話ですが、「決算発表後20日くらいしてからパフォーマンスが良化する、ちょうど買い戻しているようなグラフの形になっている」というのも興味深いです。
最後に
ということで、今月号の証券アナリストジャーナルは、『決算発表に対する市場反応』という特集でした。いかがだったでしょうか?
私がロンドン駐在のトレーダーだったころの話ですが、決算発表のシーズン、日本時間の引け、3時以降に決算発表をした様々な銘柄の売買注文が私のところに来て、難しい価格提示を迫られていました。
①前期ベースの会社/アナリストの予想と実際の前期決算の数値のかい離、
②今期ベースの会社/アナリストの予想と実際の今期予想の数値のかい離、
③当日にどのくらい売り買いのプレポジションが入ったか、
④SEAQマーケット(ロンドンで日本株を取引する小さいマーケットメイク市場)がどうなっているか、
⑤売買のオーダーを出している顧客の性質(情報強者か否か)、
などなど、さまざまなファクターを考えて価格を提示していました。
難しい価格提示なんぞせずに、
「明日、日本のマーケットでエージェンシーオーダー(委託注文)でやっておくんなまし」
と言ってしまえば良かったのかもしれませんが、当時は、「ノービッド(価格提示無し)はトレーダーの恥」と思っていたので、どんな銘柄でも出来るだけ価格提示をしていました。
おかげさまで、決算発表後のオーバーナイトの価格予測の精度が毎シーズン向上していきました。
そうなると、私からほぼほぼミスプライシングが出なくなるわけで、情報強者の顧客はミスプライシングを求めて他証券に流れていってしまいました。皮肉な話です。
そんな懐かしい決算発表時の思い出が蘇ってきた、今月の特集でした。
「最後に」のコーナーが大変長くなってしまいましたが、最後の最後までご覧いただきまして、ありがとうございました!
(動画版はこちらのサイトにアップしますが、もう少々お待ちいただけたらと思います。)
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