やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは『ウェルビーイングと資本市場』という特集です。

先月の特集「雇用制度、働き方と生産性」から、月を跨ぐ大型企画『「人的資本」に関連する特集』の2回目です。

「ウェルビーイングって何?」という段階からでも、階段を一段一段上るように理解のレベルが向上するような4本の論文でした。

今月号も良い雑誌を、ありがとうございます!

 

1本目の論文は『企業経営におけるウェルビーイング(森永雄太氏)』です。

ここ数年のことでしょうか、メディアでも「ウェルビーイング」と言われるようになった気がします。
さて、「ウェルビーイング」の定義って!?!?
本論文で答えてくれています。

「ウェルビーイング」の定義は定義者によって幅があります。
①一番大きな幅で考えているのがOECDによるウェルビーイングです。
住居、所得と富、雇用・仕事の質、環境の質、仕事と生活のバランス、社会とのつながり、知識と技能、健康状態、市民参画、安全、主観的幸福という11項目を指標として測定しています。
②中くらいの考え方であるのが「経営学におけるウェルビーイング」です。
心理的ウェルビーイング(ハピネス)、身体的ウェルビーイング(健康)、社会的ウェルビーイング(人間関係)という3つの中核的な次元に分けて捉えることを提唱しています。
③少し違った視点であるのが「心理学におけるウェルビーイング」です。
ヘドニックなウェルビーイング(主観的な快楽体験やポジティブな感情を多く経験し、ネガティブな経験が少ない状態)と、ユーダイモニックなウェルビーイング(充実感や人間の潜在能力を発揮している状態)の2つの軸で考えているようです。

まずは、「ウェルビーイング」の定義、押さえることができましたでしょうか?

 

次に考えたいのは、企業経営をしていくにおいて、どういった人事施策がウェルビーイング重視なものとなるかです。
常にWin-Winとなるとは限らないというのが研究結果で、企業もWin(組織成果が上昇)で従業員もWin(ウェルビーイング上昇)になるものもあれば、企業はWin(組織成果が上昇)だが従業員はLose(ウェルビーイング下落)になるものもあります。
「経営学におけるウェルビーイング」における研究によれば、心理的ウェルビーイング(ハピネス)、社会的ウェルビーイング(人間関係)についてはWin-Winになり得て、身体的ウェルビーイング(健康)についてはWin-Loseになり得るとのことです。例として、組織業績を優先しようと従業員に異動を命じるとその従業員のウェルビーイングが犠牲になるといったことが挙げられています。

 

終盤には、プラクティカルな従業員ウェルビーイング志向の人事管理のモデルが示されています。
端的に、①従業員に対する投資、②魅力的な仕事の提供、③ポジティブな社会的物理的環境の創造、④ボイス(発言)、⑤組織的支援という5つの施策を提示しています。
これはDavid E. Guestさんのモデルだそうですが、非常に良いなと感じました。
5つの施策が絡み合うとなお良いなと思っていたところ、読み進めてその通りの文言が出てきました。
人によって響くところは違うし、同じ人でも立場によって響くところが違うし、様々なアプローチによってウェルビーイング向上に繋がっていくのでしょう。

 

知識満載の有難い論文でした!

 

2本目の論文は『健康経営と生産性(津野陽子氏)』です。

「健康経営」というホットなワードが出てきました!
日本は特にですが、少子高齢化が進んでいます。
そんな社会背景において、生産性を向上させるためには経済社会システムの再構築が必要です。
その再構築のアイディアとして、「健康経営」というものが考えられています。

論文では、まず、「健康経営」とは何か?を紹介しています。
健康経営とは、『健康と生産性の両方を同時に行うマネジメントのこと』で、言い換えると、『医療費と生産性損失コストをあわせた健康関連コスト全体の削減のための戦略』となります。
定義だけ読んでもパッと分からないかもしれませんが、つまるところ、従業員の医療費だけを考えるのではなく、従業員が傷病になって生産性が下がることまで考えるほうが経済的に合理的だからそういう経営をしましょうというものです。

 

様々な研究が行われているのですが、興味深いのは健康関連コストの要因分解です。
一番大きいと思える本丸の「医療費」の割合はわずか17.3%なんだそうです。
次いで、病欠や病気休業といった「アブセンティーイズム」の割合は大きそうに思えますが5.1%とのことです。
最も割合が大きいのが、何らかの疾患や症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や生産性が低下している状態などをいう「プレゼンティーイズム」で、その割合は74.7%となっています。
「出社しているけどベストパフォーマンスが出ない」ということが最も大きな健康関連コストになっているのです。

ただ医療費を払っているだけでは、プレゼンティーイズムによる健康関連のコストを払い続けることになるわけで、これは驚きました!!!
健康経営ってすごく大事じゃないですか!!!

 

ということで、健康経営が大事ということなのですが、終盤には、健康経営を文化的に定着させるような意味合いで、健康文化を醸成することが大事だという議論が行われます。
昔の人はよくいったものです。健康第一!

 

3本目の論文は『ウェルビーイングと人的資本会計(中野誠氏)』です。

本論文の序盤は、語句の定義の説明が十分にあり、1本目の論文でも良いのではないか?と思える内容です。特に、「経営学におけるウェルビーイング」についてはより詳細の分類などが書いてあります。

さておき、この論文は、「人的資本会計の考え方」を導入しているのですが、非常に興味深いものでした。

 

人的資本会計とは、貸借対照表(バランスシート)に人的資本についての項目を入れ込むというものです。
具体的には、借方(左側)に、「人的資産」という項目を計上し、貸方(右側)の資本の部に同額の「従業員持分」というも項目を計上します。バランスシートのサイズが大きくなります。
そして、1年経って利益が出た時に、貸方の株主持分だけに利益分を足すのではなく、株主持分と従業員持分に利益分を案分して足し込むといった考え方を行います。
こういったことで、従業員へ利益を分配することがスムーズになるのではないかという論調です。

会計ルール的には認められていないものですが、考え方として導入することは従業員のモチベーション向上、ひいてはウェルビーイングの向上につながるものなのではないでしょうか。

 

私はこの論文を読んで知ったのですが、2020年7月号の証券アナリストジャーナルに「新潮流としての人的資源会計」という投稿がありました。
両論文を読むと、理解が深まります。PBRが5倍とか10倍となっている企業に対して、バランスシートで見えない非財務的なものは何なんだ?と考えた時の答えが、「人的資産」、「従業員持分」なのではないか!という思想が深まってきます。

 

4本目の論文は『ウェルビーイングを支えるサステナブル投資─ウェルビーイングの改善は、人的資本の有効活用に向けた「日本の伸びしろ」─(中川和哉/朝田悠人/水谷晶氏)』です。

アブストラクトが分かりやすいので引用します。

ウェルビーイングの改善が企業価値向上につながる経路として、①自社の労働者のウェルビーイングの改善が労働者の生産性改善につながり収益拡大に寄与する、②ウェルビーイングの改善に貢献する商品やサービスが消費者から受け入れられ収益拡大に寄与する、という主に二つの類型が考えられる。

このように書いてあります。

①については、1本目から3本目の論文でかなり議論されてきているところですが、②については、かなり前衛的な議論ではないでしょうか。

具体的には、欧州におけるソーシャルタクソノミーが紹介されていて、「欧州はタクソノミー好っきゃなぁぁ」と思うところもありつつ、一方でしっかりと総花的にまとめたものがあっても良いかなぁとも思いながら読んでいました。
各企業など行動する団体が、最も効果的な手法を選択して実行できるかと言うところがポイントだと思います。

 

最後に

ということで、今月号の証券アナリストジャーナルは、『ウェルビーイングと資本市場』という特集でした。いかがだったでしょうか?
「人的資本」という大きなテーマのもとにある「雇用制度、働き方と生産性」について先月号で学び、「ウェルビーイングと資本市場」について今月号で学んだことになります。

企業の取り組み、法制度の整備、投資家の評価といったものがお互いに呼応し合ってこそ、「人的資本」の考え方が発展していくと考えています。
そのための大きなヒントが散りばめられていました。核心に迫ってきた感じがします。

 

また、紙の証券アナリストジャーナルが終わり、電子版の証券アナリストジャーナルになったことで、何か質量が下がってしまった印象を持っていましたが、先月号、今月号で私個人の評価はガラッと変わりました。これは、証券アナリストジャーナルを毎月読んでいる私にとって非常にポジティブです。企画・運営の皆さま、執筆陣の皆さま、ありがとうございます。

ということで、今月も、最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!