証券アナリストジャーナル10月号やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは「資本コストの新展開」という特集です。

資本コストという概念は、日本の企業に少しずつ広まってきているものだと思いますが、しっかりと使用している企業はまだ少ないのかなと思います。例えば、「とりあえず事業が黒字になりそうなので参入する」ですとか、「負債を2%で借りて3%の利益が出そうな事業であれば参入する」といった議論で止まっているケースも有りがちなのかなと思います。

今回は、資本コストの世界に足を踏み入れる際にはぜひとも知っておきたい明快な議論(1本目の論文)に加え、特集名にありますように「新展開」と言える、より精緻な資本コストを探究したりする動きを知る3本の論文が並んでいます。

 

日本証券アナリスト協会のジャーナル紹介ページはこちらです♪
こちらでは、論文の見出しなどを見ることが出来ます!

 

 

1本目の論文は、「資本コストと企業経営(砂川伸幸氏)」です。

1本目の論文らしく、「資本コスト」について基本的な事項から知ることのできるものとなっています。「はじめに」には、「企業価値を向上させるためには、投資家の期待である資本コストについて理解し、それを上回る経営成果を上げることが必要になる」とという一文があり、後半で議論されますが、「資本コストは、事業やカントリーごとに異なる」と書き、資本コストの基本的な理解から、もう一歩踏み出せるような流れになっています。

 

序盤の基本的な理解のところでハッとするとことは、「中期経営計画の指標として、多くの上場企業が利益や売上高の伸び率を」採り上げている一方で、「投資家は資本利益率(ROEやROIC)を重視すべきとしている」という対比です。投資家としては、資本コスト以上に儲からない事業は、利益や売り上げが出るとしても、やめて欲しいということになります。

また、大きなテーマとして、事業コストというものは、全社で考えると危うい、事業ポートフォリオで管理すべしという事項が出てきます。低リスク事業と高リスク事業では資本コストが変わってきますし、クロスボーダーの資本コストはインフレ率を考慮しないといけないことになります。

 

後半に、川崎重工や丸井グループの資本コストを重視した経営について例示がされているのですが、無知だっただけですが、驚きました。川崎重工は、事業ポートフォリオごとにROIC実績対中計目標といった項目があり(リンクはこちらで6ページにあります)、丸井グループは、「ROIC(投下資本利益率)>WACC(加重平均資本コスト)による企業価値創造」といったように大学の講義で使えるようなアカデミックな図(リンクはこちらで101ページにあります)が載っています。

 

大変勉強になる論文でした!では、2本目の論文に移ります。

 

 

2本目の論文は、「同時逆算手法を用いたインプライド株主資本コストの推定と実証研究への応用(太田裕貴氏)」です。

太田氏は、2019年8月号の証券アナリストジャーナルにも「設備投資の情報開示に対する株式市場の評価ーメタ・アナリシスの手法による先行研究の証拠の統合的解釈ー」という論文が載っていて、9月号はセミナーの文字起こしでしたから、実質2号連続掲載になっています。凄いです!

証券アナリストジャーナル2019年8月号(設備投資と株式市場 – 特集)を読んで

 

今回の論文の内容は、資本コストを推定する際に、「同時逆算手法」を使ってみましょうということで、Huang, R., R. R. natarajan and S. Radhakrishnan[2005] 論文や、Ogneva, M., K. R. Subramanyam and K. Raghunandan[2007]論文の手法を紹介しつつ、Frank, M. Z. and T. Shen[2016]論文の手法で資本コストを推定していくというものです。

正直、この結果が妥当なのかはよく分からないのですが、終盤に、将来研究に向けてとして、「時系列的に変動する株主資本コストの推定手法」といった文言が出ていて、さらに難解な感じが漂います。

 

資本コストは、投資家の総意みたいなところがあると思うので、マーケットに対して投資家が前のめりになっているか、悲観的になっているか、なんていうことでも変わってしまいますし、精緻な資本コストって何だろうと、考えに耽ってしまいそうです。

 

 

3本目の論文は、「会計ファンダメンタルズと株主資本コスト(高須悠介氏)」です。

会計ファンダメンタルズというのは、財務諸表情報が、収益性や効率性や安全性や成長性といった情報を与えてくれるという考え方に基づくものです。

資本コストについて考える中で、WACCの計算において自己資本比率というのは使いますが、その他に求めることのできる様々な数字を使って、株式市場データとの関係性を調べていきます。具体的には、Penman, S. H.[2013]の「Financial Statement Analysis and Security Valuation(和訳もあります、下記)」にある、「株式のファンダメンタルリスクとして挙げられている財務比率によって、①同時期の株主資本コストをどの程度説明可能であるか、②財務比率から予測された株主資本コストによって、どの程度株式市場データと整合的な結果が得られるか、について検討する」ものです。

 

回帰分析の結果が載っていますが、有意なデータが揃っていて、「会計ファンダメンタルズは株主資本コストの予測能力を有している」という判断となります。しかし、何故でしょう、このキツネにつままれている感は・・・。

(備忘録的なメモですが)この論文にも出てくる、回帰の方法の一つ、「ファーマ-マクベス回帰」って、結構よく出てくるので、押さえておかなければと思いながら、出来ていないので、課題としておきます。

 

 

4本目の論文は、「対数線形・現在価値法に基づく事業の資本コスト(小野慎一朗氏、村宮克彦氏)」です。

「対数線形・現在価値法」と突然出てきて面食らってしまいましたが、本稿は、Lule, M. R.  and C. C. Y. Wang[2015]論文によって示される「対数線形・現在価値法」を用いて事業資本コストを推定するアプローチによって、日本市場のデータで調べてみるというもののようです。ちなみに、「対数線形・現在価値法」は「LPV法」と略されます。

「LPV法」を用いて事業資本コストを推定することが良いのかどうかを、ファクターモデルを用いて計算されたWACCと比較していきます。

 

こちらの回帰分析の結果も、LPV法が大変優れているように見えます。特に、資本コスト推定値の大小で10分位に分けた際の事後的なリターンとの関連性が綺麗に出ていて(資本コストが高いと推定される銘柄が翌年のリターンが高くなっていて)、これは、グロースとみなされる銘柄のパフォーマンスが良いといった関連性が見て取れます。

特に10分位の最上位と最下位で明確な差が出ているところが気になります。ひょっとしたら、一部のヘッジファンドが既にストラテジーとして使っていて、ロングショートのポジションを作った影響が出ているのかもしれません。そして、儲かっている気がします。(完全な邪推ですが・・・)

 

クオンツのストラテジーは、確からしい分析が発見されて、それを実際のトレーディングに活かし始めて、使う人が増えていく中で、パフォーマンスが増大し、いずれピークを打って陳腐化するイメージがありますが、この論文のストラテジーは、実際のトレーディングの初期段階~中期段階なのかなと直感的に感じました。

 

 

最後に!

資本コストという昨今のコーポレートガバナンスコードでも言及されるど真ん中の特集テーマでした。様々な方向性の論文に出合い、資本コストに関する研究が沢山行われている雰囲気を感じ取ることが出来ました。特に、解題にも書いてあったのですが、ファイナンス領域だけでなく、会計領域からも研究が行われているということは、発展の大きなファクターになるのではないかと感じます。

ということで、最後まで読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

 

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