やすべえです。今月の証券アナリストジャーナルは『雇用制度、働き方と生産性』という特集です。

人に対してお金を使う際に、
「人件費」と言うように、「費用」として考えるのか?
「人材育成」と言って、「投資」として考えるのか?
それはそれ、これはこれ、というものではありますが、「人的資本」は大事なテーマになっています。

証券アナリストジャーナルでは、この11月号から3カ月連続で「人的資本」に関連する特集を取り上げていきます。
おそらくジャーナル初の大型企画です!楽しみに見ていきたいと思います!

 

1本目の論文は『ワーク・ライフ・バランスと生産性・企業業績─先進国の実証分析から分かっていること─(齋藤隆志氏)』です。

本論文、要約のところで結論をビシッと言ってくれています。

本稿では、まず企業のWLB施策が、①企業が優秀な人材を確保し、可能な限り生産性が高い状態を保つことで生産性を高める②WLB施策の費用は金銭的報酬の節約で相殺されることを通じて、業績に正の影響を与え得ることを説明する。(後略)

生産性が高まる!業績に正の影響!ということで、読み始めからワークライフバランス施策導入に期待感を持たせてくれます!

 

まず、本論文の序盤では「ところで、ワークライフバランス施策って必要なん?」という疑問に答えてくれます。
答えは「必要」なのですが、「夫は外で働く、妻は家庭を守る」といった考えが過去のモノとなりつつあり、働き方が多様化してきたことから、個の違いをおもんばかるワークライフバランスが大事になってきているということになります。

そんな背景の中で、政府・労働者団体・使用者団体といういわゆる「政労使」でワークライフバランスの推進をやってきたけれども、2021年現在13項目中3項目の達成に留まっているという記述がでてきます。
企業は労働者にワークして欲しいから雇っているわけで、コストを使ってワークライフバランスを推進して、果たしてベネフィットがあるのか?と悩み、二の足を踏んでしまっていると想像できます。

本論文を読み終えれば、そんな企業様でも、コスト/ベネフィットの関係性が分かり、全体像を得た状態でワークライフバランスを推進できるようになるでしょう!

 

さて、企業がワークライフバランス施策を導入するとして、まず考えるのがコストについてでしょう
直接的な費用としては、諸手当や育児施設等の現物支給の提供があります。間接的な費用としては、フレックスタイム制度を導入して企業と労働者の働き方がミスマッチになる(可能性がある)ことがあります。

そして、次に考えるのがベネフィットについてですが、残念ながら直接的なものはありません
直接的なベネフィットが無いから企業は二の足を踏んでしまうのでしょう。しかし、間接的なベネフィットは経済学者によって解き明かされてきています。具体的には、先行研究や本論文によって、「優秀な人材の採用」、「離職率の低下」、「従業員のモチベーション向上」、「業務効率化」といった効果が明らかになっていきます。ただ、因果関係の特定については難しいといった意見もあります。

 

「おわりに」に重要な問題提起がありました。
『そもそも日本型雇用慣行はWLBと矛盾しやすい。』というものです。
日本型雇用慣行は安定雇用を重視するので、忙しい時は長く働き(忙しいから残業頼むよー)、暇な時は働く時間を短縮する(閑散期は定時で帰ろうー)といった企業側のコントロールになりがちですが、一方でそれはワークライフバランスとマッチしない、、、というものです。

ここはなるほどという感じで、ワークライフバランス施策は一筋縄ではいかないということが分かります。
今月の残り3本の論文、来月や再来月の論文で、答えを見いだしていきたいところです!

 

興味深い論文でした!

 

2本目の論文は『非正規雇用と企業の生産性(頭士奈加子氏)』です。

題名の通り、「非正規雇用と企業の生産性」について分析していく論文です。先行研究では一致した見解が得られていない事象だそうで、本論文での結論はどうなるだろう?と考えながら読み進めていきました。

 

本論文では、多変量解析によって、『「非正規雇用」の尺度である「臨時従業員比率」』と『「企業の生産性」の尺度である「全要素生産性(Total Factor Productivity)」』の関係性を見ていきます。
ラグの無いデータでの解析に加え、ラグを作っていく「階差GMM(generalized method of moments、一般化モーメント法)」という手法を利用したデータ解析が行われています。
これが難しい!というか、ラグを適当に加えてしまう妥当性が見えない!
ということで、思考放棄したわけでは無いのですが、迷子になってしまいました。笑

 

ここからは本論文から逸れてしまいますが、日本の非正規雇用について書いていきます。

現状の日本の非正規雇用は、
①企業が巡航速度で事業を進めている時には、給与のコストカットを目的としている
②企業の経営がきつくなった時の人員カットを目的としている
と、私は思っています。

こんなネガティブな印象にあふれた「非正規雇用」は変えていくべきですよね。
日本の労働市場の流動性が上昇して、ジョブ型雇用が増えていくことが後押しになると考えます。
①企業が巡航速度で事業を進めている時には、ワークライフバランス施策として有期での働き方を認めて、給与は同水準とする
②企業の経営がきつくなった時の人員カットについて、会社側からの雇用契約終了については6か月分の給与を退職金に上乗せするといったように、あらかじめ契約で定めておく
このような「非正規雇用」に変えていくべきではないでしょうか?

これを達成するためには、労働市場の流動性上昇、ジョブ型雇用増加に加えて、労働者のスキルアップも必要です!
「座っているだけでチャリンチャリン給料が発生している」と思っていては当然ダメで、「私のスキルがビジネスのどこそこに貢献し、それによって会社は利益を上げ、その利益の一部が私の給料になっている」と思えることが大事でしょう。

 

「非正規雇用」という言い方がなぁ・・・。

 

3本目の論文は『テレワークとオフィスワーカーの生産性─ワーカーのアイデア創出の観点から─(古川靖洋氏)』です。

本論文は「テレワーク」と「アイデア創出性」を分析するというもので、ニッチなところを突いています!笑

 

日本の政府は、過去20年近くに渡ってテレワークの導入を進めてきたそうですが、テレワーク導入率はあまり上がっていなかったそうです。
このコロナ禍で導入率は企業レベルで50%を超え、従業員レベルで28%程度まで上昇しましたが、
著者はテレワーク導入率が上がらない原因の一つとして、「テレワークの導入とオフィスワーカーの生産性の関連性がよく分からないからだ」と主張しています。

本論文では、その関連性について解き明かしていきます。
本論文を読めば、行うべき施策がクリアになり、自信をもってテレワークを推進できるようになるでしょう!

 

その前に、著者のテレワークへの熱い思いを感じたのが、こちらの引用です。

本来テレワークは、子育て支援や介護支援、ワーク・ライフ・バランスの充実・確保などを目的とする働く場所や時間の面で柔軟な働き方を実施するための手段なのである。

コロナ禍前からテレワークの普及に尽力してきた著者の強い芯のようなものを感じます。

論文は、その後、テレワークの効果や、テレワークの問題点や、テレワーク実施による労働時間の増減をデータに基づいて公平に議論しています。
詳しくは本論文を読んで頂きたく思いますが、テレワークの効果を高める、テレワークの問題点を解決する、といったことは可能ですので、やみくもにテレワークだけを導入するのではなく、導入前後に改善すべき周辺部分をリストアップして、実際にやっていくことが成功のキーなのではないかと感じました。

 

本論文、「テレワーク」と「アイデア創出性」を分析における結論としては、
①テレワーク導入企業で働くオフィスワーカーと未導入企業で働くオフィスワーカーのアイデア創出度には差が無い
②テレワーク導入でも、未導入でも、アイデア創出のための施策が有効となる。ただ、両者で有効な施策が微妙に異なってくる点に注意が必要
というものになります。
②をより解きほぐすと、テレワーク導入企業では、権限移譲、知識の獲得、人的ネットワークの構築、自由な雰囲気の中での意見交換、仲間からの期待度、といった施策がより有効だそうです。

 

4本目の論文は『日本企業におけるジョブ型雇用の導入 論点整理と留意点─メンバーシップ型雇用の強みと弱みを踏まえて─(久米功一氏)』です。

ニュースなどでよく聞く「ジョブ型雇用」、「メンバーシップ型雇用」についての論文です。まず、両者の意味から押さえていきます。

「ジョブ型雇用」は、仕事を特定して、仕事に人を付けるというスタイルの雇用になります。
「メンバーシップ型雇用」は、仕事をあらかじめ特定せず、人に仕事をあてがうというスタイルの雇用となります。

本論文では両者の違いをしっかり整理し、考えるべき点を浮き彫りにしていきます。
結論を先取りしますと、「ジョブ型雇用」に一気に転換することが危ういことが分かります!
そして、「メンバーシップ型雇用」の良さをキープしながら、徐々に取り入れていくべきであることが分かります!

 

世界の大きな流れとして「ジョブ型雇用」に向いたものになってきています。
というのも、「メンバーシップ型雇用」のメリットと考えられた
①終身雇用といった制度で能力開発を行っていく
②異動、転勤、出向などで雇用調整していく
といったことが今の時代ではデメリットになってきているからです。つまり、
①経済環境の変化のスピードが速く、終身雇用といった雇用保障が難しくなっていて、能力開発(社内未経験者を育てる)が間に合わない
②異動、転勤、出向が難しいワークライフバランスを必要とする労働者が増えている
ということになります。

だったら「ジョブ型雇用」に大転換すれば良いのでは?となりますが、「メンバーシップ型雇用」をやめることによって失われることもあります。
参考文献(この調査、面白いです)で詳しく載っているようですが、「メンバーシップ型雇用」のメリットは「マネジメントのあいまいさと同質性」であると書いてあります。
「え?これは失われて困ることなの?」と思いましたが、マネジメントの曖昧さと同質性は職場の判断レベルを向上させる効果があるようなのです。興味深いです。

終盤には、仕事を超えた人付き合いが「メンバーシップ型雇用」の特徴であり、そういった経験ができる人ほどワークエンゲージメントが高まるという記述もあります。
「仕事を超えた人付き合いはいりません!」というのが昨今の風潮かとも思ったのですが、サーベイの結果ではそのように出ているようです。
この辺りは本論文の著者の別の論文で詳しく載ってるみたいです。

 

なかなか複雑な議論ですが、結論としては、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用のそれぞれに合理性があるとなっています。
上記に書きましたが、世界の大きな流れは「ジョブ型雇用」向きになってきているので、メンバーシップ型雇用の一本足ではなく、ハイブリッドなフォームにチェンジすることが求められているということになりますでしょうか?

パッと結論は見えませんが、来月、再来月と「人的資本」に関する特集が続きますので、それらを読みながら再考したいと思います。

 

最後に

ということで、今月号の証券アナリストジャーナルは、『雇用制度、働き方と生産性』という特集でした。いかがだったでしょうか?

まずは、読み応えがあり、知的好奇心を満たしてくれた4本の論文に感謝したいです!
今月号の4本の論文は「人的資本」という大きなテーマのもとにある「雇用制度、働き方と生産性」という中くらいのテーマのもとにありながら、同質的でないが共鳴し合うような関係性で、4本の論文を読んで、5本分くらいの満足感がありました。編集員の佐々木隆文氏にも感謝したく思います!

 

ということで、今月も、最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!

 

 

「アナリスト予想はどこまで”当たる”のか?ー求められる改善点とは?ー(大槻奈那氏)」が面白くって

(追加の投稿です!)

私はTwitterFacebookで「#毎日モーサテ」というハッシュタグでモーサテの感想をつぶやいていますが、ある日こんなつぶやきをしました。

このつぶやきをしてから、大槻奈那さんの「アナリスト予想」についての動きを気にしてはいたのですが、あんまり補足出来ていませんでした。
実は、ご自身のホームページで発信されているので、それを見ておけば良かったかも・・・
時が経つこと数ヶ月、私のライフワークである証券アナリストジャーナル2022年11月号を読み進めていると、
上記のモーサテ放送の完全版と言えるような「特別掲載:アナリスト予想はどこまで”当たる”のか?ー求められる改善点とは?ー」が出てきました。

興奮しました!笑

ということで、動画で少し紹介しておりますので、宜しかったらご覧ください!