やすべえです。先日、大学で講義してきました。200人くらい入る大教室での講義でした。お題は、「日本の企業、外資系企業、両方で働いていて思う事」だったのですが、国際ビジネスの授業の一環として実務の人が喋るという企画でやってきました。
【まずは参考図書】
レポートの題材にしていただける人などいるかもしれないので、講義中に紹介した参考図書を挙げておきます!
これからの企業像についてーーー
これからの人材像についてーーー
情熱についてーーー
【感謝!】
「日本の企業」と「外資系企業」を比較して分析しながら、この変化の時代、「日本の企業」も「外資系企業」も変化してきているという話に展開していきました。
そして、変化の先にある、「これからの企業」の方向性、「これからの企業」に求められる人材像について、自分の思うところをお伝えさせていただいて、学生さんが、これからどう働いていくべきか、生きていくべきか、なんてことをお話しさせていただきました。
講義中、沢山の学生の方に発言していただきました。そして、発言のたびに拍手していただきました。拍手してもらえると、何か勇気をもらった感じで嬉しいものです。(若干の拍手の強要感があったかもしれません!この場を借りて感謝+お詫び申し上げます!)
去年も思いましたが、今年も学生さんの目の輝きは印象的でした。
がんばれ!未来のスーパースター!
【どうしてやすべえは証券会社を退社して金融教育家になったのか?】
講義の90分間ではお伝え出来なかったのですが、一つの企業で働き続けるという唯一無二的な価値観が崩壊し、多様な価値観が当たり前のように存在している今の世の中で、「どうしてやすべえは証券会社を退社して金融教育家になったのか?」ということをお話しても良かったかなと思いましたので、ここで少し書いてみたいと思います。
私が社会人になった平成11年(1999年)は、多様な価値観への過渡期だったと思います。私は、「証券業界で働きたい!」という明確な意思を持たずに、就職活動をする中で、最も興味を持てて、熱中できそうということで、証券会社に入りました。
入社してから、与えられた仕事をただひたすら夢中にこなしていました。入社後3年くらいは、長時間働いたり、寝る間を惜しんで勉強していた記憶がありますが、「夢中」でしたし、「鈍感力」もあったからなのか、苦にならずに過ごしました。
また、仕事で難しいことに直面した時に、先輩方が親身にサポートしてくださったことも、苦にならずに過ごすことのできた重要な一面だったと思います。
証券会社での私は、「夢中」、「熱中」、「鈍感力」の19年10か月でしたが、最後の3年くらいは、金融教育への関心が強まっていきました。金融教育にも「夢中」、「熱中」していきました。
「証券会社→金融教育」という所謂「ジョブチェンジ」は人生の中で大きな岐路というか大きなイベントになります。そういったものを短絡的に決めることは宜しくないので、計画を練りました。
お金の面、健康の面、家族の面など、総合的に考えて、楽観的なシナリオや、通常シナリオや、リスクシナリオといったものを作っていきましたが、私の場合、キーになったのは、より「夢中」になれるか、より「熱中」出来るかということでした。(これは、あくまでも「私の場合」なので、人によって違うと思いますので、参考程度に。。)
あんまり上手く書けていませんが、決断の大きさによって、丁度良いくらい(いい塩梅?)の思考を重ねて決断するということが大事なのだと思います。「必要なデータ・事実を集めて、より確からしい答えを探していき、その導いた答えを活かして、実際に行動する」、という一連の流れの中で、たまたま私はジョブチェンジに至ったということなんだろうと思います。
最後になりますが、このような機会を与えてくださった先生に大感謝です。ありがとうございました!以上でございます!
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